鹿児島御朱印巡り

鹿児島、宮崎、熊本、福岡、佐賀の御朱印が拝受できる神社仏閣を紹介しています。1000社分の御朱印を目指してます。2020年1月現在161社です。(* ̄∇ ̄*)

〔宮崎宮浦神社御朱印〕玉依姫ご住居の跡に社殿を立つと伝えられる宮浦神社

〔宮崎宮浦神社御朱印〕玉依姫ご住居の跡に社殿を立つと伝えられる宮浦神社

宮崎御朱印巡りブログ宮浦神社日南市宮浦

   

鹿児島在住、天然、お気楽、癒し系と言われるやっせんぼ(気が小さい)で、アラフィフの私が 、きんぎょ目線で、九州の神社の御朱印、まだまだ数ないですが、お寺の御朱印、家族湯、グルメ、観光スポット、などを、ゆる~く紹介しつつ、 御朱印を1000社目指して集めて行きます。v(。・ω・。)

 

宮崎御朱印巡りで 宮崎県日南市宮浦にある 宮浦神社にお詣りして 御朱印をいただいて来ました~ (*≧∇≦) 日南方面にお出かけしていて 近くを通っていたのですけど、少し入った所にあるので全然 気づきませんでした。まだまだ、御朱印がいただける神社仏閣はあるのですね。精進せねばと思います。

 

鳥居

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鳥居です。

 

手水舎

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鳥居をくぐってすぐ左側にあります。

 

 

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昔からある シンプルな手水舎です。

 

社殿

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社殿です。

 

由緒

創建の年月ははっきりしないが、社伝によると、玉依姫ご住居の跡に社殿を立つとあり、桓武天皇の延暦年間に再興すという。

永禄三年(1560)に伊東三位入道義祐が社殿を造営したが、その後寛永三年(1626)に伊東祐慶(飫肥二十代藩主)が再興し、文化九年(1812)三月、伊東祐民(同二十九代)が、本殿ならびに拝殿の総修繕をした。

藩政中は社録五石を寄進されていた。玉依姫大明神と称して来たが、明治維新に際し、玉依姫神社と改称、一度鵜戸神社に合祀されたが、明治七年に復社、現社名となり、社殿の改造も行われた。更に明治四十年二月、神饌幣帛料供進すべき神社に指定された。
中古以来、ここに鵜戸山仁王護国寺の末寺である弥勤院が置かれ、当社と玉依姫御陵伝説地を管理してきたが、のち弥勤院は仁王護国寺内の脇坊となった。

玉依姫は、鵜戸神宮の祭神鸕鷀草葺不合尊の母君豊玉姫が海に帰られたので、代わって育てられた叔母で、のちに葺不合の皇妃となられた。

神武天皇ほか四柱の母君で、御陵跡は当社の南、七、八丁の田の中に円形の岡が、前方後円の前方がやや崩れた形で残っている。この地の草を牛馬に食わせると、たちまち腹痛を起こすとして土地の人は恐れて近づかないという。
伊東義祐の「飫肥紀行」に「里人に問はすはいざや白波の玉依姫の宮の浦とは」の一首が残されており、古来、山越えの時代から安産祈願に参詣するものが多く、とくに毎月午の日に参るのが古い慣わしである。
神社明細帳によると境内末社、祭神稲水氷命、由緒不詳とある。

 

宮巡 ~神主さんが作る宮崎県の神社紹介サイト~ - 宮浦神社(みやうらじんじゃ)

 

 

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境内はこんな感じです。

 

馬頭観音

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境内には 馬頭観音もあります。

 

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御祭神

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第一の皇子の五瀬命と、第二の皇子の稲飯命がお祀りしてあります。

 

社務所 

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こちらが 社務所です。たまたま 神主さんがいらっしゃって 書いていただきました。

 

御朱印 

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御朱印です。今回 私は2回目で 御朱印をいただくことができました。常駐されていないみたいです。神主さんが お忙しい中 笑顔で対応していただきました。

 

神社の前には 川が流れていて 静かで柔らかい風が吹いていて 以心地が良かったです。また、日南方面にお出かけした際には お祀りしたいと思います。

 

 

神社情報

宮浦神社

宮崎県日南市宮浦688

御祭神  玉依姫命(たまよりひめのみこと)

例祭日  十月十日

駐車場  あり(社務所の前に頑張って 2台くらい止められそうです)

 

 

 

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